差別は無くならない。だったら、こういうのはどうでしょう?

うしたら差別をなくせるか?

 

さべつ
差別
《名・ス他》
  1. 差をつけて扱うこと。わけへだて。
    「―待遇」

  2. 区別すること。けじめ。
     「商品の―化を図る」

     

※追記

FBのお友達からは、こんな定義を教えてもらいました。
正当な理由なく劣ったものとして不当に扱うこと(広辞苑)

 

 

一見、悪いことのようにも感じますが、差別化しないと商品は売れない…。

差別という言葉には、なんだか矛盾を感じます。

 

そんな矢先、先日こんな標語を見つけました。

 

「差別をなくそう」

 

僕の最初の感想は”???”でした。

なにか違和感のようなものを感じたんです。

『差別を・・・なくそう?』

『差を無くすって・・・無理じゃない??』

 

きっと人権問題についての標語だったんだと思います。

もちろん、人は公平に扱われた方がいいと思うんです。

ただ、差を無くすというのがどうも・・・。

だって、身長や体重は違うし、髪の太さも目の大きさも違います。

どう考えたって、差を無くすのは無理・・・。

 

それならいっそ!!

 


 

”差別を無くす代わりに、多様性を味わい愛でよう♪”

 

というのは、どうでしょう?

 

ちなみに、これは僕が言い出したことではなくて、アバターが目指しているところです。

詳しくは、このブログの最後に記載しています。

 

そもそも違いをなくせないのなら、その違いを興味を持って楽しめたら良い。

料理が得意だったり、モノづくりが得意だったり、サッカーが得意だったり。

みんな違ってて当たり前。逆に同じ顔、同じ体型だったら気持ち悪い(笑)

だから、違ってていんじゃないかなぁと。

 

 

ただし、”違い”を見つけると・・・

ついつい排他的になったり、正しい間違いのゲームになりがちです。

 

例えば、こんな感じに。

 

僕には3つ下の弟がいるんですが・・・

コーラを1日1.5L、ほぼ毎日、飲み続けているんです。

僕から見たらクレイジーです、頭がおかしいとしか思えません。
  • コーラは身体に良くない
  • 食費の無駄遣いだ
  • ペットボトルのゴミが増える
おかしな点は上げればきりがありません。

 

ただし・・・

 

これは”僕の物差し”であって、弟には”弟の物差し”があります。

あえて僕の物差しを手放して、弟の生態に興味を持ってみました。
  • 筋肉量のある弟には、カロリーあるコーラくらいがちょうど良いのかも
  • 長いこと飲み続けているから、コーラから必要な栄養素を創れたり(笑)
  • なぜ虫歯にならないのだろう・・・なにかカラクリがあるのでは
 

自分の物差しを手放すと興味深い経験がたくさんできました。

そして、自分一人で勝手に物差しゲームをしていることにも気づく。

最悪の場合、この物差しの違いで人殺しが始まったりも・・・。

 

 

『コーラって、たまに飲むと、うまいよな』

 

今ではそんな会話を弟と楽しめるようになりました♪

こんな感じに多様性を味わい愛でれたら良いなと思うんです。

 

だから、最初の質問を変えてみました。

 

 

どうしたら差別をなくせるか?

どうしたら多様性を味わい愛でれるのか?

 

 

 

 

 

それは・・・

 

 

 

 

自己受容ができている

 

 

この要素が大きいなとアバターやって分かりました。

 

もう少し突っ込むと、主観的幸福感があるかどうか。

俺ってめっちゃ幸せやん!と、根拠なくどれくらい感じているか。

これがないと他人の幸せ・成功を見ると、不快な気持ちになります。

妬み、嫉妬、渇望など、多様性を味わい愛でるどころではありません。


 

自分の外側の”なにか”と比べて幸せを感じる、客観的幸福感は不安定です。

いつも自分の物差しで比べまくってクタクタになります。

 

こんな経験はないですか?
  • 自分より収入がある人を見ると、自分は能力がないと落ち込む
  • 素敵なパートナーがいる人を見たら、自分には魅力がないと凹む
  • そして、自分より劣っている人を見ると、優越感を感じて満足する
 

聖人クラスでない限り、主観的幸福感100%、客観的幸福0%というのは難しいかもしれません(客観的幸福感がダメという話ではないです)

僕自身も、ついつい人と比べてしまうことがあります。(観察や認識を除く)

だから、”主観的幸福感”の度合いがどれだけ高いか?

そこが自己受容には非常に重要だと感じます。

 

Aさん:主観的幸福感20%、客観的幸福感80%

Bさん:主観的幸福感50%、客観的幸福感50%

Cさん:主観的幸福感70%、客観的幸福感30%

 

どの人の幸福感が高そうでしょう?

本当のところは、その人になってみないと分からないと思います(笑)

ただ、Cさんが一番、安定しているんじゃないかなと。

 

じゃあ、どうしたら自己受容を高めることができるのか?

 

いろいろな方法や手段があると思いますが・・・

 


<アバターコース集合写真>

 

僕はアバターコースをオススメします。

9日間という短期間で、信じられないほど自己受容が高まります。
  • 心配や不安が解消されて、未来へのエネルギーが湧いてきます
  • 価値判断を手放せる方法を学びます
  • ハートが開き、自分の気持ちに素直になれます
  • 幸せを内側から創り出すことができるようになります
 

そして今なら、これを実現できるなと確信しています。

世の中でのアバターの使命は、
信念体系の統合を促す触媒となることです。

私たちが、
自分たちの間にある違いは信じる内容の違いだけであり、
そうした信じる内容は簡単に創ったり消したり
できるものだと気づくとき

正しいとか、間違っているとか
主張するゲームが終わりを告げ、
共に創るゲームが始まり、世界に平和が訪れます。

ーリサーフェシング®/ハリーパルマー著より

 

 

”競争する時代”から

”共創する時代”へ

 

”敵対的ゲーム”から

”協調的ゲーム”へ

 

そんな時代を一緒に創っていきませんか?

めちゃくちゃ楽しいですよ♪

 


 

アバターとは?



 

 

 

意図的に生きることについての数々の洞察
アバター・タイムズ

・本当の幸せや喜びを経験したいですか?
・人生を管理する能力を高めたいですか?
・自分の人生の目的を発見したいですか?
・教化された考えを明らかにしたいですか?
・創造の源として機能したいですか?

あなたの心の内部の仕組みや、自己とみなす精神的ホログラムにもっと精通しましょう。

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ABOUTこの記事をかいた人

工学系大学院を卒業後、自動車サプライヤーメーカーのエンジニアへ。院生時代に出会った自己啓発やスピリチュアルを色々模索!しかし全然うまくいかず、廃人サラリーマンに…。最後にAvatarに出会って、真の意味で自分の人生を生きることを悟りました。このブログでは、日常生活でアバターを使ったり教えたりしてリアルに感じた”意図的に生きること”の楽しさや可能性をお伝えします。